花いっぱいお遍路みち こころの旅 四国八八ケ寺 巡拝の旅

 

    

 

                 

               2005年 秋

         
          八丁坂を越えて45番 岩屋寺にて

 四国へんろ第4期。愛媛 卯之町〜道後までの道のり ゆっくり7日間。

秋にへんろ道を歩くのは初めてです。今年は台風の心配もなくスタートできたのですが、秋雨前線がしばし停滞。おかげで行程の七割は雨ばかりで、やはりあまいものではありませんでした。もちろん笛を携えての旅。前半は、古い街並みを残す大洲や内子を通り、次第に険しい山奥へと向かいます。いくつもの峠を越え、里山へ降り、にぎやかな界隈 道後の街へ。

          
              雨・雨・白装束にポンチョ!
                

一日め
 卯之町〜大洲。 夜行バスで眠れないままのスタート。いきなりの雨でしょんぼり。道が悪い鳥坂峠では、クマやマムシを避けるために鈴を鳴らしまくって通る。大洲では、おはなはん通りという明治の古い街並みが残る付近で滞在。
二日め 早朝、城下町を流れる大洲の支流 肱川の河川敷で大洲城を見上げ、気功体操と笛の調べを。そして十ケ屋橋では涅槃弘法大師像と出会う。今回の旅でも、各寺毎での奉納演奏は勿論のこと、そこのご詠歌に節をつけて即興で吹くということにも挑戦してみようと思っていた。なので、十ケ屋橋の永徳寺で最初の詠歌曲を創る。  そうして内子に早い時間に着いて、内子座を見学。ここは、本当に素晴らしくて  

  とっても気に入りました。ここで1時間ほど笛に息を通して大満足。そしてその夜、沸き起こった考え、お四国全部まわり終えたらここで公演をしたい!!そして四国で出会った友人や、道中でお接待していただいた方たちに感謝の気持をあらわしたいなぁと夢みています。この夢叶えたいなあ・・・

三日め
 内子から広田村。 一日中、強い雨が降りしきる。足はフヤけてきて豆ができないか心配。午前中、神南堂の無料休憩所を世話してくれているご夫妻が、私を訪ね追っかけて来てくれた。友人の紹介もあり、昨日そこで雨宿りさせていただいたのだが、誰もいらっしゃらなかったので脇に置かれていた日記帳に記帳してきたのだった。とても明るく元気なお母さんと寡黙で優しさが込み上げているお父さん。バス停の屋根の下でしばらくお話をして、笛を聞いていただき、見送っていただきました。雨で気分が落ち込んでいたところに元気をいただきました。

四日目
 広田村から久万高原。 本当に静かな山奥の谷間にある広田村。村内アナウンスの曲にあわせて、鳴き吠える犬たちの何とも悲しげなこと。昨日の雨がすっかり上って、四国へ来て初めての晴天!めざすは、久万高原にある笛ケ滝。笛と滝なんて私にピッタリじゃあないですか!この名前に魅かれて、ずっと前からそこで泊まる決意をしていた。下坂場峠、ひわた峠の途中では、時々道に落ちている栗を拾いながら歩く。ひと気のない山間の林道を歩いた時、チェーンソーの音が聞こえてきて、次にドカン!という大きな音が!振り向くと後方10メートルを切り倒された丸太が、怒濤に転がり落ちていた。危うく巻き込まれなかったけど、とても危険だとその場を逃げる。峠を越え、穏やかなのんびりした里が広がる。そして44番 大宝寺へ。やっとこさ札所での参拝になります。長かった〜

五日目
45番 修行場の岩屋寺へ。急な八丁坂を越え、そそりたつ岩場へ。山全体が本尊であるという。本堂へ近づくほど、岩壁や石仏、あたりの何とも言えない重い空気感に唯々圧倒される。呆然と声が出ない。

   せり割りの入り口         本堂        くさり場を登って 

せり割行場は、巨岩の裂け目を鎖を伝って登る荒々しい修行場。入り口には鍵がかかっており、許可が必要。岩屋寺で落ち合った同行人と一緒に登る。ひとりでは怖くて無理だったろう。くさり場を登って、一番上の岩山の先には、お宮が建てられていて、岩にへばり付きながら何とかそれを取り囲む。ああ 大人になったんだなあ、昔はへっちゃらだったのに。そんな崖っぷちのところで笛を吹こうとする。もちろん岩にへばり付いてですが。何を吹いていいんだかわからない。本当に気が動転している。とにかく息を通すだけでいい。スーっと息を入れて音を出すと、空の上だから鳥が反応してくれる。しばらく鳥との呼応。ここでの響きは、すごい!岩壁にも反響しつつ、素直な響きで空から一面に広がる。 すると下の方から、激しい法螺貝の音が!たぶん下に笛の音も聞こえているのでしょう。いつも以上に頑張って吹いています!という感じで応えてくれました。またも奇異な音楽体験でした。

六日め
 久万高原から三坂峠を通り46番 浄瑠璃寺へ

早朝6時から大雨が降る。通った千本峠は、倒木で道は悪く、雨のせいで道は川のようになっている。この道を通るおへんろさんは少ないようだ。沈んだ気分を紛らわすため、この状況を俳句でたとえると何ぞや?と考える。
できた句は、〜雨しきり 荒れの遍路を あえて行く〜 (涙)
歩いた教訓は、今度から雨の日は道を選ぼうと!いうことだ。三坂峠を下りていくと明治期に建てられた坂本屋さんというへんろ宿が、今はNPO法人 地域共創研究所NORAの皆さんが管理する無料休憩所になっている。ここでお茶 みかんをお接待してもらい、ゆっくりくつろがさせていただく。すごく雰囲気が良い。お礼にミニライブをして皆さんに笛を聞いていただく。温かいおもてなし、ありがとう!
坂本屋の皆さんと
坂本屋 愛媛県松山市窪野町桜2187番地  TEL089-963-4332
    三坂峠と旧遍路宿 坂本屋について紹介はこちら

七日め 最終日 浄瑠璃寺から47番 八坂寺 48番 西林寺
49番 浄土寺 50番 繁多寺 51番 石手寺そして道後へ。
お寺の数が増えてきて、距離は短くなってきたが、参拝時間がその分伸びるから、結構時間がかかる。どんどん街なかに入っていき石手寺での人の多さにびっくり。俗っぽいですな〜・・ 50番の繁多寺では奉納演奏を聞き入るドイツ人の方の姿がありました。彼は、般若心経を唱え、正式な参拝の仕方を心得ている。びっくりしました。
自転車でまわっていられるようです。

          
            奉納笛に耳をかたむける異国人

そして、今回のへんろ旅終着点、道後へ!やっと来ました。旅の疲れを癒すべく、もちろん道後温泉に。路面電車にも乗り、松山城にも上ってきました。 満喫!
                     
           

 

 

 




             
2005年 春
        遥かなる足摺をめざして補陀落(ふだらく)
の道  

             
 3度めの区切り内となるこの旅は、前回が、三十七番岩本寺と三十八番金剛福寺の間にある中村市というところまで歩をすすめていたので、そこからの出発になりました。
中村市まではなんと京都から直行のバスが出ているのでそれを利用。中村市から四万十川の眺めを満喫しながら海岸線に出る。3度目と言っても、2年も空けば毎回初心に戻ります。前回の苦い経験をまじえ、準備はしたものの(特に靴!)期待とともに緊張と不安もありました。海の道、山の道を越えてやっとやっと足摺岬まで到着。自分のペースが出来るまでまる4日かかってしまいました。筋肉痛のため歩行がうまくいきません。荷物はやはり最小限の物だけ。自分が背負って歩くわけですから、なるべく軽く、最低限身を守るものだけに限って厳選します。着替えも一枚で毎日洗濯をします。とわかっていたはずなのに、持って行った荷物を一度送り返しました。
      
        四万十川             おへんろ道しるべをやっと見つけた!


念願の足摺岬へ向かう日は、天気も最高で海も空も真っ青でした。途中、海岸の砂浜がへんろ道になっている所があり砂浜に足跡と杖の跡をつけながら進む。そして足摺へ。遠かった、本当に遠かった。幾度も道に迷い、足を悪くして(前回の旅で)やっとたどり着きました。もちろん私はここで一泊します。先を急ぐお遍路さんは、足摺への分岐地点に連泊をして荷物を置いて38番金剛福寺へ
参られ、すぐに来た道を日帰りで戻られます。大変やなあ・・私は、足摺岬をグルッと西海岸へ回り、土佐清水を通って宿毛から分岐点の安宿を通り39番延光寺をめざしました。
    
       足摺岬

4日め 安宿から歩き出して1時間。延光寺へ向かうへへんろ道が土砂崩れの為、迂回・・
道がなくなってしまってるから仕様がないよね。でもその迂回路から本道へ復帰するコースも急でかなり危なかったです。ブルッ・・

5日め 〜長かった土佐から伊予へ〜 高知と愛媛の国境の峠 松尾峠を越えて40番 観自在寺へ。海岸沿いの宿でいただくお料理は、やはり活きのいい新鮮魚!足摺でも伊予に抜けても天然ものの魚が豊富に出てくれるのです。海に近きところは海の幸、山に近き場所は山菜だったり、とにかく旬のものを有り難くいただきます。       

6日め  観自在寺から柏坂峠越え港町の津島へ

7日め 松尾トンネルを抜け宇和島〜龍光院〜龍光寺〜佛木寺
この日の宿の民宿とうべやさん。気のいいオッチャンの料理は味も良し、栄養も消化も良い。へんろには嬉しい。食材が抜群と思いきや、このオッチャンはお百姓さんでもある。自家製のお米に野菜!味付けも出身地を聞いてつけてくれるんです。ゆっくり話しをして楽しい時間を過ごしました。翌朝、出発する時に、笛を吹いてご挨拶した。オッチャンは、「お通さんに会ったみたい!?」と喜んで見送ってくれました。
また会いたくなる人だなあ。

8日め 歯長峠を行く。危うく遭難しかけて、立ち往生して道しるべを懸命に探す。最近、林業が入って造成しているために道しるべがわかりづらくなっている。途中までは天気も良く気持のいい 景色が見られました。 そして43番明石寺へ参拝。卯之町まで出て終了。
         


         〜 龍宮の宮にて奇怪な体験をすること〜
              2005年4月10日のできごと
         
               海岸にそびえ立つ 龍宮神社

 足摺岬から西の海岸線をくねくねと行く。先に港らしき街が見えても、そこからがなかなか目的地に辿り着けない。車が通る道で海岸線といっても両側に木が茂っていて海は見渡せるわけではない。ふと龍宮神社への看板が目につく。そこから400Mとなっている。以前ここを通った知り合いのお遍路さんがスゴイところだと言っていた。その情報は入っていたのだけれど、実際400Mも道をそれてしまうのは勇気ある選択だ。一体どんな場所なのか?大げさですが、一大決意をして左脇道へ。階段、階段どんどん下へ。帰りのことを考えると泣きそうになる。森のなかを抜けて、今まで見たこともない岩壁と海が広がる。こんな景色は見たことない!日本海の絶壁やアフリカ大陸最西端のアルマディ岬に立った時でもない、また新たな感動があった。岩の階段を降りていくと、海に突きだした高い岩山があり、その先の方に赤い宮が見える。暗い雰囲気はないけれど、圧倒される空気が漂っている。ここまで来たのだから行くしかない。宮をめざして岩山を足を滑らせないように気をつけながら登って行く。その場所から見える海の素晴らしきこと。その岩山から海へ数百メートルの小さな岩島に釣り人が何人か居るようだ。
       
                   龍宮神社より笛を奏す
  お祈りをすませて、笛を奏すことにした。ここで笛を吹くことが出来る感動、その感謝の気持がいっぱい込み上げてきて胸が熱くなる。吹きだすと同時に涙も一緒に流れ出した。感極まってというのはこういう事か!海に向かって先ずは静かに笛を共鳴させていく。次第に低い音色から高音へ吹きあげていく。15分ほど即興で自由に吹いたあと、最後の締めは、せっかくなので自作の「光の道」を演奏したいと思い、新たに気持を入れ直した。それまでは釣り人にも笛の音が届いているだろうか?などと邪念を抱いていたのだけれど、その曲に関しては、思い入れも強い分、奉納演奏として念を入れて奉納する。すると雲の間から光が差しはじめ、どんよりしていた空がにわかに晴れ渡った。なんという偶然。その偶然の神秘性にブルッと身震いしながら、さらに笛を奏す。また涙が自然とあふれてくる。お遍路でずっと歩いて来て、今ここで岩壁に立ち、海に向かって笛を吹けることは、何といいましょうか、笛を友とするお遍路冥利に尽きるといいましょうか。7分位に渡り「光の道」を心をこめて奏し、一礼をして演奏を終えた。

  すると今度は、晴れ間から一転。笛をしまい終えた途端に雨が降ってきた。なんだ〜これは!?とびっくり驚いたけれど、雨に濡れてしまうと身体が冷えてしまうので慌ててリュックからポンチョを取りだして、そこから引き上げる準備をする。一旦、岩山を降りて、森の中を通って来た道400Mを登る。その間、雨はしきりに降っていた。やっと本道へ復帰して再び歩き出そうとする。そうするとピタッと急に雨は止んだ。え〜一体なんだ何なんだ〜??通り雨とはいえ、その間の良い事!見えない力を感じずにはいられません。こうして書いていますが、その出来事に浸っているわけではないのです。その龍宮神社の景観が凄かったというのと、演奏して感動できたというこうとと、たまたまの天気の変化が面白く、より感動を深めたということが言いたかったのです。龍が雨を降らせたのかも・・・いやいや。そうだったら反応してくれたみたいで嬉しいな。その日の宿で聞いたのですが、土佐全域では雨が降っておらず、雨が降ったのはやはり一部の足摺岬あたりで短い時間だけだったようです。ああ、素晴らしい体験をしたなあ。 

          


 

 

 

 

 

               2003 春
              土佐修行の道

              
             
32番 禅師峰寺 たぬき僧

 2年ぶりにやっと四国お遍路の続きを歩きました。前回と違い今回はひとり旅(同行二人)。24番 最御崎寺がある室戸岬から37番 岩本寺までは進みたい。出発直前までバタバタしていた為、準備も早々に四国に旅立ちました。その事が最悪の結果になろうとは・・・2年前にわりと元気に歩行できたので安易に考えていたところがありました。初日からあいにくの雨で1日中降り続くなか、25番 金剛張寺へ。靴が少し小さいかもしれないと思っていたのですが、雨でフヤケ浮腫んだ足に直撃してしまいました。それにいきなり重い荷物を背負って雨のなか30数キロ歩いたのが失敗でした。
  区切り打ちの初日は、様子をみながら進まなくてはいけない。これを学びました。かかとの皮は広範囲にむけ、足の裏は一気に水膨れまめに。手足の関節は固まり、足がしびれ続け感覚がなくなり・・ああ情けなや。次の日はいきなり足止めで、隣町の安芸まで靴を買いに行くことに。くろしお鉄道に乗れたのも番外編で良かったけどね。靴は痛めた足にベストチョイスなスポーツサンダル!!とりあえずこれで翌日から続行。
 それからもお参りと、奉納演奏 を続けていきましたが、毎日歩いて先に進むということが必死でなかなか余裕は生まれない状態でした。旅先で会うお遍路さんは、大方がよそ見もせず、一心に先へと進むという大きな流れがあり、その流れに自然と歩調があってきてしまいます。私は余裕をもって大らかに大らかにと自分に言い聞かせながら過ごすように心がけました。奉納演奏以外に笛を吹く機会を増やして感じたことを曲にする、ということが時間を急ぐ以上に私にとっては大事な事であったので。でもお寺が少ないよー。今や遍路みちの80%がアスファルトと言うべく国道55号線を
延々と歩いていきます。    つづく

             
お四国参りを一度すると、その魅力を求め、また旅に出てしまうと聞きました。実際、今回で3回め5回目、それ以上という方がいらっしゃいました。お遍路さんは女性の方も多いです。私と同じ年ごろの人とも一緒になり、楽しく歩きました。そのハッスルおねえさんが名付けた必殺お遍路さんの名前。脱サラエンドレス回転おじさん!これにはウケました。その女性とふたりで食事をしていると、宿のご主人が、「あんたら、元気すぎて重たい雰囲気のかけらもないなー」と笑わられる始末・・・
 
高知の赤岡というところにある土佐の町絵師・金蔵の絵金資料館に寄りました。 以前からおどろおどろしい絵金について興味があったので今回狙いをつけていた。資料館は土佐でよく見かける凧やのぼり、フラフづくりをされる吉川さん個人が 開設され、丁寧に案内までしてくださった。墨絵で書かれた作品が多く今までの血のイメージの絵金とは異なるものでした。絵にはあくまで真摯 な姿勢が感じられる。つづく
                  

お四国レポート 3 
  あちこちにお花が手向けられたお地蔵さんがいらっしゃいます。美しい山の緑のなかで、その地の人を、また通り往く人を守ってくれています。四国ではお遍路さんが歩く道や、昔から続く文化を理解して守ろうとする地元の人々のあたたかい気遣いを感じずにはいられません。道を親切に教えてくださったり、飲み水や文旦を持たせてくださったり、声をかけてくださったり、さまざまな形でのご接待を頂戴します。
            
               そえみみず峠

お四国レポート 4  
 「どこからお出でです?」と聞かれ「京都からです」と言うと「ひとりで偉いねえ、気をつけて」と話しを交わす場面があるのですが、それを言うことによって旅の安全を確かめていく大事な証しとなっていくわけです。声をかけてくれたオバチャンは、「先週も北海道から女の子が来とったよ」とか「昨日の大阪の男の人も道に迷って聞いてきた」とお遍路仲間情報を教えてくれたりする。歩いていくうちに他のおへんろさんと宿が一緒になったりお寺で見かけるようになって、そう言えば噂を聞いた人だ、なんて事が起こってくる。人とのコミュニケーションが結構あって、それによって自分が励まされたり、人のあたたかみを感じて感謝したりしていきます。そうして行くうちに、自分が他人からどのように印象深かったのかが自覚できることになります。そして知らない間に命名されていましたっ!『サンダルお遍路!』これでした・・・(笑)たしかに靴は最も重要なアイテムやっ!私も痛感・・でもでも京都のおへんろ、とか笛のおへんろ、とか言われたいな、と思っていたのに・・(涙)でも今回は最後までサンダルで通しました。
つづく
    


お四国レポート 5
 旅は道ずれ、世は情け・・供する相手がいると歩も進むというものです。笛の音に誘われて友も増えていきました。心に刻まれた記憶からこんな歌をいただきました。

         

       



 

 



花いっぱいお遍路みち こころの旅 四国八八ケ所 巡拝の旅。2001 春
 四国八八ケ所、 巡拝の旅。新世紀の春、独立して始めに何をしようかと考えた。ただひたすら歩きたい と思った。美しい景色、いろんな人との出会い、それに見たこともない、仏さまのお顔が見れるなら。この旅のきっかけを与えてくれたのは、父親だった。一緒にお遍路の旅をすることで、少しは親孝行にもなるかな、と思って。そして旅をしながら純粋にやりたい事があった。

 鳴門 1番の霊山寺でお遍路装束を揃える。この姿で歩くことに意味があるようだ。死装束でもあると本に書いてあった。白装束、鈴、頭には菅笠、手には金剛杖。同行二人 南無大師遍照金剛と記してある。できるだけ荷物を軽くしてきたけど、京都から笛だけは友に連れて来ていた。お寺毎に奉納演奏をさせてもらおうと思って。実は、この旅の目的はここにあった。何を感じて、どんな音が内から出てくるのか。少ない荷物と笛だけのほとんど生身だけという状態で私ができる事をつかむために。

 春のへんろ道はとにかく花がいっぱい。桜、桃、たんぽぽ、藤、ぼたん、蓮華草・・他。あぜ道やけもの道になってかろうじてまだ残っているへんろ道を行く時の頼りは、へんろ道沿いの小さな道しるべ。見落とさないように注意しながら、目的地へ向かう。
 空 山 花 海 風 を感じ、ただひたすら道を歩く。気がつくと鳥が春をうたっている。心が洗われるというか本当にいい気持ちだ。空海さんが通った同じ道。この修行道なら頑張りがいがある道だ。 自分の足で歩いて地形がまるごと変わる事に感動する。高速移動に慣れてしまっている現代生活のなかで、ここでは時間の流れやなんか自然で心地良い。
 奉納笛を吹く時は、お遍路さんたちの優しい鈴の音に包まれて、般若心経を唱える人の声のなかで静かに演奏する。歩いている時に、次はどんな風に奏でようとか考えるけれど、大体その場の雰囲気で心感じるものを自然に吹く。険しい山の上にある焼山寺などでは、山道を登って登って、やっとたどり着けたから気分が晴れ晴れとしていて、明るいはずんだ笛を吹いた。吹き終わった時に、どっと
参拝客からの反応があった。拍手をいただいて頑張ってください、と手を握られ声をかけてもらう。
 最近では歩きお遍路さん、ツアーお遍路さん、日曜お遍路さん、といろいろな形で訪れる人が多くなったようだ。なかでも大型バスで団体で参拝される方が増えた。けれど、手をあわせてお祈りする姿は、誰しもが美しく見えた。感謝してひたむきに生きる人たち・・
お遍路巡拝の旅は、はじまったばかりです。今回は、都合もあり高知の室戸岬にある24番 最御崎寺までお参りしました。へんろ道 鳴門から約260キロ。
ここまで来たんだなぁと室戸岬の海を見て思う。
大事なもの たくさんありました。大切なこと いっぱい 感じました。一心に歩いて、心が満たされて、歩く事に一生懸命になれる自分は幸せなんだと思う。そんな時、家族や友人や私を支えてくれている大切な人たちの事が思いだされて、ありがたいなあと感謝の気持ちでいっぱいになる。そして黙々と歩いていると、だんだんと強い意志が湧き起こってくる。私は、笛や太鼓を表現し続けて、「たくさんの人に元気に幸せになってほしい」と、そう強く思った。大事なことは心の尊さだ。お遍路の旅中、みんなに幸せになってほしいと祈る気持ちで『和らぎ』という曲が生まれました。
穏やかな気持ちで 明日を生きていく。 幸せを願って。感謝 感謝。
滝本ひろこ